今回は、「投資銀行の魅力=何が身につくのか」がテーマです。筆者は、投資銀行で身につく最大の資産は「経営の現場で通用する『水準』を学べること」ではないかと思います。どういうことか、主に20代~30代の方を読み手として想定しながら、筆者の体験も交えて考えをご紹介させていただきます。
今回の内容
・投資銀行の仕事の特徴
・投資銀行では経営の現場で通用する「水準」を学べる
・投資銀行で身につくその他のこと
目次
本記事を書こうと思った背景
いきなり筆者の(弊社の)事情で恐縮ですが、BizObiぶろぐの記事は、BizObiで開講するコースに対応して執筆されており、記事にはコースの一部を紹介しコースのレベル感を知っていただく役割があります。今回の記事に対応するコースは「財務三表モデリング実践編B」で、「上場会社を対象とした財務三表モデルを作り、経営の現場で通じる水準で数字に基づき事業を議論する」という内容なのですが、ここで困ったのです。「経営の現場で通じる水準」というのを、どうやってブログ記事で紹介しようかと…(コースでは実際に上場会社を分析しゼミで深く議論します)。しばらく考えましたが良い紹介の切り口が浮かばなかったので、今回は実際に筆者が「経営の現場で通じる水準」を学んだ前職の投資銀行時代の経験をご紹介することにしました。「これが経営の現場で通じる水準の意味ですよ」「この水準をコースで体感できますよ」というご紹介の算段です。
筆者はあまり前職時代のことをSNSなどに書かないのですが、独立から7年が経ちいずれも昔話ばかりになりましたので、いくらかご紹介しても良いかなと考えました。また、投資銀行業界の人気はここ数年昔に比べると落ちていると聞くのですが、特に若い人にとって投資銀行は今でも非常に魅力的な業界のひとつと筆者は思っており、せっかくなのでその魅力をお伝えできればとも思っています。興味のある方にご参考にしていただけると幸いです。なお、ここで投資銀行とは業界で名前が知られているような大手投資銀行(日系・外資のどちらも含む)をイメージしています。
投資銀行の仕事の特徴
投資銀行と戦略コンサルティングの違い
まず、投資銀行の仕事の特徴を理解いただくために、投資銀行と戦略コンサルティングの違いについて筆者の私見を述べたいと思います。一般的にどちらもプロフェッショナルな仕事と考えられ、投資銀行は財務のアドバイスを、戦略コンサルティングは経営や事業のアドバイスをするものと捉えられていると思います。
投資銀行は仕事のゴールに「取引」がある
筆者が考える、戦略コンサルティングと比較した投資銀行の仕事の最大の特徴は、仕事のゴールに「取引」が求められることだと思います。それは特に、報酬形態に表れています。筆者は投資銀行時代にM&Aアドバイザリーの業務経験が長いのですが、M&Aアドバイザリーは「企業の買収や売却を行いたい顧客企業にアドバイスをする仕事」です。なので、企業の買収や売却の当事者に投資銀行がなることはないのですが、M&Aアドバイザリーの契約は「成功報酬」が業界のスタンダードなので、案件が成立して企業の買収や売却が実際に行われることにならないとまとまった報酬を顧客企業からいただけません。つまり、アドバイスが仕事なのですが、取引を「成立」させることが非常に重要ということになります(※)。また、株式(エクイティ)や社債(デット)による顧客企業(発行体)の資金調達を支援することも投資銀行の主要業務ですが、ここでも「株式や社債が顧客企業により発行され投資家に販売される」という取引が存在します(さらに、証券会社はその取引に自社のバランスシートを使って介在します)ので、こちらも取引が行われた結果として手数料をいただく報酬形態です。このように、投資銀行の仕事では多くの場合においてゴールに「リアルな取引」が存在します。
一方で、戦略コンサルティングは伝統的にタイムチャージが主流であり、コンサルタントのアドバイスを受けて「実際に会社がアクションや取引を行ったか」ではなく、「アドバイスを行うためにどれだけ稼働したか」が報酬に大きく影響すると理解しています。もちろん、アクションに結びつかないコンサルティングは会社に価値を感じてもらいにくいので、プロのコンサルタントはアクションに結びつくアドバイスを行っていると思います。また、近年は顧客企業のプロジェクトの現場にコンサルタントが実働で入る仕事が増えるなど現場には変化があり、成果報酬でプロジェクトを実施するケースもあると聞いているので、実態は変わってきているかもしれません。とはいえ、タイムチャージが報酬の考え方としてある限り、多くの仕事で仕上がりに「取引」が求められる投資銀行とは根本的な考え方が異なるケースは少なくないのではないかと思います。
(※)とは言え、「取引を成立させない」方が顧客企業にとって良いこともありますので、そのような時はプロとして顧客へそのような助言を行います。「取引を成立させない」方が良い場合とは…という話はまたどこかで。
投資銀行が関わる取引は「取締役会の決議対象」で「開示」されることが多い
もう一つ言えることは、投資銀行の顧客は上場会社が多く、さらに投資銀行が関わるM&Aや増資といった取引は「取締役会の決議対象」で「開示」されることが多い、ということです。これは、M&Aや資金調達は顧客企業にとって規模が大きい案件であることが多く、さらに証券取引所の規則などで開示が求められることが多いという事情に由来します。
投資銀行で身につくこと=経営の現場で通用する水準を学べる
それでは、投資銀行の仕事に上記のような特徴があるとしたとき、投資銀行で働くと何が身につくのでしょうか。ひとつ、間違いなく言えることは、「経営の現場で通用する水準の仕事が求められ、その水準を理解し身につけられる」ことが、投資銀行で成長できる大きな要素であるということです。いくつか具体的にご紹介します。
① 取引が行われる→お金を動かす当事者が納得する水準が学べる
まず、実際に大きな取引が行われるため、お金を動かす当事者が納得する議論の水準を体感できます。例えば、どのようなデータであれば根拠として依拠することが許されるか/許されないか、どのような水準のロジックであれば当事者が納得するか/しないか、といったことです。この水準感は、会社や個人による差はあるのですが、上場会社をイメージした場合は一定以上の水準感がありますし、プロフェッショナルとしては顧客が何も言わなくても一定以上の水準で仕事をする「義務感」「プライド」を持っています(※1)。お金が絡みますので、その水準感はシビアです(※2)。
(※1)ちなみに、投資銀行はバリュエーション(企業価値評価)に関する評価レポートなどを顧客へ提出することがありますが、その提出にあたって大手投資銀行は各社とも厳格な手続きと基準が定められているはずです。理由は、会社として一定の水準を担保することが会社のレピュテーション(評判)とブランドを守る上で重要であり、さらには取引に紛争が生じて「顧客企業から自社へ訴訟が提起された」場合に自社を守る、あるいは「顧客企業が取引の相手などから訴訟を提起された」場合に顧客企業と自社を守る、という目的もあります。このようにバリュエーションの評価レポートは裁判に耐えうることも想定して作成されており、そんなところにも仕事で厳格さが求められる理由があります。投資銀行が仕事の水準に厳しいのは、「義務感」「プライド」に支えられているというだけでなく、投資銀行がリスクを管理しながら顧客に価値を提供しビジネスを行っていく上での実際上の理由があるわけですね。
(※2)投資銀行では数字に厳格な人が多いです。なぜかというと、それがそのまま取引の金額に影響することが少なくないためです。例えば、筆者はM&AのためにExcelで財務三表モデルをいくつも作成しましたが、多くの場合で「数字の1」は「百万円」のことでした。「数字の1」が「億円」の仕事も経験があります。すると、Excelのうっかりミスで「数字が1」ずれたとして、実際に取引金額が「百万円」「一億円」動いてしまうことがあるわけです。「数字が多少違っても議論の多勢には影響ないのではないか…」というシーンは確かにありますが、「その数字で取引の金額が百万・億円単位で動く」と思うと、数字に厳格なカルチャーもよく理解できます。個人的には人命を扱う医療の方が責任は重いのではないかと思っていて、筆者は医療者の方を大変尊敬しているのですが、それはともかくとして投資銀行マンの負う責任の重さはなかなかのものだと思います。
② 取引が取締役会にかけられる→経営レベルで納得を得られる議論の水準を学べる
次に、M&Aや資金調達といった取引は取締役会の承認事項であることが多く、必然的に投資銀行で相対する顧客企業の方は、役員、経営企画、財務、事業企画といった会社の意思決定層または意思決定に近い方になります。筆者は新卒でシステム会社の法人営業を経験しており、その時と比べると感じるのですが、こんなに顧客企業の中枢に触れる機会が多い仕事は世の中にそんなに多くないのではないでしょうか(だからこそ、プロフェッショナルな仕事と認知されているわけですが)。
投資銀行では、若い頃からそういった場で利用される資料を作成し打ち合わせに同席することになりますし、中堅以上になれば会社を代表する立場でそういったお客様と責任を持ってコミュニケーションをとることが求められます。当然ながら、営業も案件の執行におけるコミュニケーションも経営レベルで納得を得られる議論を行う必要があり、非常に鍛えられます。
③ 取引が開示され、当局・マーケット・ステークホルダーのチェックを受ける→非常に影響が大きく責任が重い
もちろん、顧客企業の経営レベルの方と相対するプレッシャーは大きいです。が、筆者が投資銀行の仕事の特徴で最もシビアだなと思うのは、関わった取引の多くが、適時開示や法定書類などの責任ある形式でパブリックに開示され、即座に当局、マーケットや顧客企業内外のステークホルダーの厳しい視線にさらされるというところです(※1)。パブリックになるが故に、その影響力は非常に大きく、また責任もとても重いと言えます。その責任あるパブリックな水準での仕事ぶりが身につけられるのも投資銀行ならではです。
これに関連して思い出すのは、筆者が若い頃にした失敗です。ある案件で、筆者が金融商品取引法およびその施行令の記載を読み誤って、法定開示書類の記載を誤ってしまったことがあります。案件の実質に影響を与えるものではありませんでしたが、法令に基づいているとは言えず、お客様にお願いして訂正の開示を行っていただきました。当時、お客様には理解いただけましたが、原因を作ってしまった筆者は大変反省しましたし、ご迷惑をおかけしたお客様や当時の社内関係者には本当に申し訳なかったと思っています。もう10年以上前のエピソードで、おそらく筆者以外の当時の関係者は今では誰もこの話を覚えていないと思います。しかし、自分にとっては今でも当時の「冷や汗」を思い出せるぐらい「自分の仕事の影響範囲の大きさと責任」を自覚させられる出来事でした。その後、「案件の実質に影響を与えるようなミス」をすることがなかったのは、当時の反省を自分が活かせたとも言えますし、良い上司や同僚のチームに恵まれ幸運であったとも言えます(※2)。
(※1)厳密には、開示の前から当局にはさまざまにご相談させていただくことになります。
(※2)投資銀行業務の実態は、ひとりのスターバンカーだけで成り立つものではなくチームワークで成り立っています。業界に入ったジュニア時代から独立前の中堅時代まで、自分は本当に多くの上司・同僚・部下に支えてもらいました。
「経営の仕事の水準」は仕事の幅を広げる
筆者が前述のミスをした当時の自分の上司には、よく「原典を当たったか」と聞かれました。リーガルであれば法令の原文を確認したか、財務であれば数字の出所を確認したか、ということです。その上司にはよく「長い目で見たら、どれだけ原典に当たって自分の頭で考えたかが実力の差につながる」とも言われていました。この厳しさは、すべて「大きな取引を誤りなく遂行する責任」を果たし「経営レベルでの議論とパブリックな開示に耐えうる根拠とロジック」を担保するためにあります。
筆者は、この「経営の仕事の水準感」を学べることが、特に若い人にとっては長い目で見た時に投資銀行で学べる最大のものではないかと考えています。投資銀行は長く働くと業界の大きな仕事を手掛けられる面白さがあります。一方で、業界を飛び出した投資銀行の出身者も、投資ファンド、スタートアップのCFO、事業会社の企画部門などで活躍する人が多いです。人によっては起業したり事業側で経営の役割を担う人もいます。投資銀行が専門とする「ファイナンス」の文脈から外れた幅広いエリアでも活躍する人が多くいるのは、「経営の仕事の水準感」が叩き込まれていることが一因ではないかなと思います。若い方には、ぜひ投資銀行の門戸を叩いていただきたいと、業界のOBとしては心から願っています。
それから、冒頭に記載したBizObiの「財務三表モデリング実践編B」の話に戻らせていただくと(笑)、このような経験を積んできた筆者が「このレベルの議論であれば経営者と相対して行っても恥ずかしくない」と思える水準で事業分析や事業計画の議論を行うのがこのコースになります。水準感が伝わるでしょうか。公開情報に基づくので社内情報に基づく分析には及びませんが、「M&Aで買い手として外から対象会社の情報を確認し対象会社のマネジメントと議論できるレベル」あるいは「プロの機関投資家が上場会社のマネジメントと議論するレベル」には十二分に達していると思います。関心のある方は、ぜひコースで体感してみて下さい。
おまけ:投資銀行で身につくその他のこと
さて、ここから先はコースに関係ない話ですが、せっかくなので投資銀行で身につくその他のことを簡単にご紹介しておきたいと思います(投資銀行の人にとってはこちらが本丸)。
筆者は、若いころに中途(おそらく第二新卒枠)で投資銀行のM&A部署の門を叩きました。その時に、面接で「この仕事では、①バリュエーション、②会計・税務、③法務、④営業・交渉、⑤語学の5つの知識やスキルが必要になる。君には何がある?」と聞かれたのを今でも覚えています。当時、筆者はシステム会社の法人営業から投資銀行に転職しようという(大変無謀な)若者だったので、「営業はできます!(元気よく!)」と返答したような…。それはともかく、この5つの要素は投資銀行で必要となる(身につけなければならない)知識・スキルとしてその通りだなと思います。
①バリュエーションは投資銀行の専門そのものです。これは、しっかりと勉強して経験を積まなければなりません(※1)。
②会計・税務と③法務は、経営の視点でポイントを外さない理解が求められます。本当に細かなテクニカルな論点は、当然ながら会計士・税理士・弁護士の先生方が専門家ですし詳しいですが、そういった専門家の方とチームで協働し顧客にとってベストな解を導き出す力量が求められます。
投資銀行では、多くの部署で中堅以上は④営業力・交渉力・コミュニケーション力が求められます。長くなるのでここでは詳細は割愛します(笑)。最後に、会社や部署によっては海外が関わる仕事も多くあるので、⑤語学力が求められます。語学力は現場で身につけるという性格ではありませんが…。
上記の「投資銀行の経験者が幅広いエリアで活躍している」背景には、この投資銀行で必要な知識・スキルも関係しているのかなと思います。例えば、「②会計・税務や③法務などの要点を捉え、自分よりも詳しい専門家と一緒に④協働してアクションをしていく」という行動様式は、「すべての専門家になることは不可能だけれど、経営の視点で各分野のプロと協働しアクションし成果を出す」という経営者の行動様式と非常に近いです。最近会話したスタートアップのCXOとして働く昔の同僚は「ビジネスの話なら、どんな分野でも自分でやって突出はできなくても及第点はとれる、詳しい人と一緒であれば、チームで一定の結果を出すことはできる」と言っていました。まさにそういうことですね(※2)。
加えて、バリュエーションは「事業を数字で見る」という意味で会社のメカニズムについて深い理解を与えてくれます。この「数字で経営や企業活動の全体像を捉える力」というのは、何に取り組む時も役立つ仕事の基盤となる思考なのかなと思っています。
というわけで、今回は投資銀行で学べることについてまとめてみました。おじさんの昔話にお付き合いいただき有難うございました。また、別の記事でお会いしましょう。(執筆: 藤波由剛)
(※1)業界の人に話を聞くと、日系・外資を問わず、昔よりもバリュエーションやファイナンスに興味を持って業界に入る人が減っていると聞きます(よく、自分から専門書を確認する若手が減ったというボヤきを聞きます)。上記の「幅広い分野で活躍できる力が身につく」という話と矛盾するようですが、そうは言っても投資銀行の仕事の基盤はバリュエーションとファイナンスです。これは完全におじさんの小言になってしまいますが、投資銀行に入る方にはぜひファイナンスに興味を持っていただきたいですね。上司や同僚とバリュエーションの議論を戦わせた昔を懐かしく思います。
(※2)なお、だからと言って何でも自分でやればいいということではありません。人がひとりでできることは限られ、事業はチームで取り組む方が大きな成果を目指せます。「どんな分野でも及第点を取れる」というのはプロが集まるチームの中では良いことではなく、「ある分野に突出して強い」方がチームの中で価値を発揮できます。その意味では、やはり投資銀行で一番身につきやすいスキル領域はファイナンスでしょう。それから、人によって得手不得手はまったく異なるので、「まったくできない分野」もあります。例えば筆者の場合、ビジネス領域でも経理や管理の実務は性格的にまったくできない自信があります。コンシューマーマーケティングも向いていないでしょうね(笑)。