今回は財務三表モデリングの前提として必要な、事業を数字で考えるビジネス定量思考をご紹介します。数字で考えることに苦手意識がある方はいませんか?意識して練習すれば誰でも使いこなせる考え方ですので、ぜひ確認してみて下さい。
今回の内容
・なぜ数字で考えることが重要か
・ビジネス定量思考=数字の枠組みで考える
・ビジネス定量思考活用のヒント
目次
ビジネス定量思考のススメ
なぜ数字で考えることが重要か
そもそも、なぜ数字で考えることが重要なのでしょうか。こちらの記事でも少し触れましたが、「数字を見る・数字で議論する」とは、「ファクト(事実)に基づいて考える」ことを意味します。また、ビジネスに限らず、現代において世の中の問題の多くは「程度」の問題です。そのため、ファクトに基づいてシビアな判断をするには、数字で議論をすることが必須になります(※)。BizObiでコース提供する財務三表モデリングは「会社を数字で議論をする」ためのひとつのツールと捉えられます。
(※)非常に簡単な例で「目的地へ電車で行くかバスで行くか」という選択を考えてみましょう。おそらく、多くの方が「所要時間」と「運賃」という数字を比べて決めるのではないかと思います。この問いを数字以外の要素で判断しようとすると「自分は電車が大好きなので(バスは候補にならず)電車で行く」という価値観の問題か、「自分は子連れで、バスは子連れには狭いので電車で行く」といった定性的な論点で考えることになります(価値観の問題は厳密には定性的な論点のひとつですが、ロジックの問題ではないという意味で特殊なので分けて説明しました)。ビジネスで議論になる問題の多くは、価値観や定性的な論点で一意の結論を出すことが難しく、数字を冷静に確認する必要があります。
ビジネスを数字で考えるのは難しくない
さて、このように言われると「難しそうだな」と感じる人もいるのではないでしょうか。しかし、ビジネスの課題を数字で考えることは、多くの場合それほど難しくないと筆者は考えています。理由は単純で、ビジネスの数字はその多くが四則演算で理解できるからです(※1)。例えば、複雑に見える財務三表モデルも、突き詰めれば四則演算の集合なので、その本質は見た目ほど難しくありません(※2)(※3)。数字で考えられると日常的にも役立ちますので、ぜひ多くの方にできるようになっていただきたいなと思います。
(※1)トップ画像のナマケモノが四則演算ではない難しそうな計算をしていると気づいたあなた!それは筆者からイラストレーターさんへのお願いミスです(笑)。実際にはビジネスの現場で四則演算以外が出てくることは少ないです。
(※2)四則演算では理解できず本当に難しい領域のひとつは統計でしょうか。エンジニアリング、自然科学、大量のデータに基づき分析や意思決定を行うデータマーケティングといった分野は、数字を扱う上で専門的な勉強が必要です。ただ、会社の多くの問題はこういった専門的な知見を必要とする「前」の段階に存在することが少なくなく、その場合は四則演算で課題を解きほぐしていけます。
(※3)では、ビジネスを数字で考える本質的な難しさは何か?というと、大きく分けてふたつかなと思います。ひとつは「数字の取得や測定の難しさ」です。会社では会計の数字を取ることは多くの場合可能です(「どこまで」「必要な時に」「手間をかけずに」取れるかは運用・ITの両面でどれだけインフラに投資しているかによります)。しかし、そこから一歩踏み込んだ意思決定に必要なKPIは定義や測定が難しいことがよくあります。もうひとつは「意思決定の当事者が数字に向き合う覚悟があるか」でしょうか。数字は客観性が強くファクトが見えやすいからこそ、「実は事業がうまくいっていない」など当事者に不都合な事実が見えてしまうことがあります。これは、定量思考の問題というより、インセンティブやカルチャーの問題ですね。
ビジネス定量思考の考え方
飲食店の年間売上高を定量的に考える
それでは、ビジネス定量思考の具体的な例を見てみましょう。例えば、あなたが飲食店の店長で、自分のお店の年間売上高を見ながら売上を伸ばす方法を考えるとします。その場合、例えばお店の年間売上高を以下のように見ていくことが考えられます。

飲食店の年間売上高は「日販(1日あたりの売上)×営業日数」に分解できます。さらに、日販は「顧客あたりの平均単価×1日あたりの顧客数」に分解することができます。
お店の責任者として、店長は会計システムで年間売上高を確認できるはずです(会計システムでは、年間売上高は個別の売上伝票の合計で計算されます)。年間売上高を年間の営業日数で割ると日販が求められます。さらに、日販を1日あたりの顧客数で割ると平均単価を求めることができますね。これで、上記の図の数字を全部埋めることができました。
次に、売上高をもっと伸ばす方法を考えてみます。売上を伸ばす方法を図を見ながら考えてみると「単価を引き上げる」「もっとお客さんに来てもらう(1日あたりの顧客数を増やす)」「店を開く日を増やす(営業日を増やす)」といった選択肢があることがわかります。その時、例えばお客さんをイメージして「あそこでもう一品頼んでもらえたら単価を上げられるなあ」とか、繁盛しているライバル店を見て「あのお店は宣伝が上手でいつも満席ですごい、自分たちも集客方法を見直してみたら、1日あたりの顧客数を増やせるだろうか」とか考えていきます。
ビジネス定量思考=数字の枠組みで考える
上記の例は多くの方が納得していただけると思いますが、実は上記の思考はビジネス定量思考そのものです。ビジネス定量思考のことを、筆者は現場では「数字の枠組みで考える」と表現しています。
数字の枠組みで考える思考法は、大きくふたつのステップに分かれています。まず、「①数字をロジカルに(論理的に)分解し、数字の枠組みを考えるステップ」、そして「②数字の枠組みに、わかる/前提となる数字をインプットし、結論となる数字をアウトプットするステップ」です。
まず、上記の例では、年間売上高を「日販×営業日数」に、日販を「単価×1日あたり顧客数」に分解しました。この分解が「①数字をロジカルに(論理的に)分解し、数字の枠組みを考えるステップ」に該当します。次に、上記の例では年間売上高を営業日数で割って日販を求めましたが、これは年間売上高と営業日数を「インプット=得られる情報」と、日販を「アウトプット=求める情報」と捉え、「②数字の枠組みに、わかる/前提となる数字をインプットし、結論となる数字をアウトプットするステップ」に取り組んだと言えます。さらに、日販を顧客数で割って単価を求めるステップでは、日販と顧客数を「インプット=得られる情報」、単価を「アウトプット=求める情報」と捉えて計算をしています(※)。
文章で追うと難しく考えられるかもしれませんが、やっていることは「簡単な方程式を作ってわからない数字を穴埋めしていく」だけです。実際のところ、上記のステップは一次方程式の組み合わせでできています。
(※)「日販÷顧客数=単価」の計算で、顧客数をインプットとしましたが、これは飲食店の店長であれば1日あたりの売上伝票の数を集計することで顧客数がわかると考えたからです。
ビジネス定量思考活用のヒント
ビジネス定量思考が役立つシーン
この数字の枠組みによる思考は、大きくふたつのシーンで役立ちます。ひとつは、わからない数字を推定する時です。上記の設例は単価を推定する計算になっています。あるいは、第三者の立場であるお店の年間売上高を推計したいという状況もあります。その場合は、そのお店の単価のイメージやお客さんの入りの観察などから、「単価」「顧客数」「営業日数」をインプットとしてアウトプットの年間売上高を推計します(※1)。こちらの記事の最後で少し触れた「販売単価×販売数量に基づく市場規模の推計」も、コンサルタントの面接などで出てくることがあるフェルミ推定も、この考え方の延長線上で取り組むことができます。
もうひとつは、KPI(Key Performance Indicator)を設定して意思決定やマネジメントに活用する時です。例えば、年間売上高が2,000万円のお店が、年間売上高3,000万円を目指すとしましょう。この時、定量的には「単価」「顧客数」「営業日数」のどこに焦点を当ててサービスの内容や事業のやり方を変えていくかを議論する必要がありますが、この議論はKPIの検討です。そして、例えば今の単価「〇円」を顧客数を減らさないで単価「△円」に引き上げようと目標を立てたとしたら、それは「単価(と顧客数)を重要なKPIとして設定し、経営管理において日々チェックしている」ということになります。
数字の枠組みを考え、経営の視点で重要な変数をKPIとして定め、KPIを見ながらマネジメントする、という意味では、どんなに大きな事業でも上記の飲食店の設例の延長で考えることができます(※2)。ただし、事業の規模が大きくなると、紙とペンで試算するのは難しくなってくるので、Excelの財務モデルを活用したり財務や経営管理のシステムを利用したりするわけですね。
(※1)小話ですが、先日、税理士の先生とインボイス制度の話をしていた時のことです。インボイス制度では、課税事業者として消費税の納税義務が生じる「(課税)売上高1,000万円超」という基準がひとつのポイントになるのですが、その時たまたまある飲食店の領収書が目に入り、「このお店は年間売上高が1,000万円を超えていそうか」という雑談で盛り上がりました。雑談の内容はまさにビジネス定量思考そのものでした。参考までに、数字で考えるのが苦手な方へ、身近な「弁当屋」の売上を推計することをビジネス定量思考の練習として筆者はお勧めしています。
(※2)事業投資を積極的に行っている会社の方と会話をした時に「子会社や投資先について、損益など会計の数字はもちろん(月次や四半期で)見ているが、それだけでは事業の実態がよくわからず、何か問題が起きても気づくのが遅くなる」という話を伺ったことがあります。これは非常に不思議な話で、子会社や投資先について、数字の枠組みとKPIの検討を行っておらず、KPIを把握する仕組みも作れていないと告白しているに等しいです。厳しく申し上げると、経営や投資を担う基本的なスキルと仕組みが欠如していると言わざるを得ません。ただ、それは難しい話ではありません。本質的には上記の飲食店と同じことをできる限りリアルタイムにちゃんとやりましょうという話です。もちろん、大企業で実際に実現するには人とオペレーションの面でいろいろな難しさがありますが、本質はシンプルです。
数字の枠組みで考える時のポイント
最後に、数字の枠組みで考える時の実務的なポイントをひとつご紹介します。それは「事業や現場をイメージできる」「事業のプロセスに即している」枠組みを考えることです。
飲食店の例だと、年間売上高は上記以外のやり方でも分解できます。「月商(月の売上)×12月」でも「すべての個別の売上伝票を足し算した合計(経理で会計システムがやること)」でも分解できるわけです。その中で、あえて上記の図のような分け方をしたのは「このように考えると数字から現場をイメージしやすく、現場でも参考にしやすい」と考えたためです。これまでの単価が5,000円で、これから単価6,000円を目指すとしましょう。仮にこの数字を現場のスタッフが知っていれば、「あのテーブルからもう一品注文をもらえれば単価6,000円になる…!」とイメージしてもらうことができますね(笑)。スタッフにとっては月商で議論されるより最後は「単価×顧客数」で表現される方がわかりやすいだろうと考えたので上記のように分けてみました(※1)。
その他に、数字の枠組みをMECEに構成することも大事です。MECEは「漏れなくダブりなく」(Mutually Exclusive Collectively Exhaustive)という意味で、飲食店の年間売上高を分解したときに1円たりとも「売上高が行方不明になったり」「売上高を二重計上したり」してはいけないということです。MECEはコンサルタントが好きな言葉で、調べるといくらでも解説がありますので詳細はそちらに譲ります(※2)。
というわけで、ビジネス定量思考として「数字の枠組みで考える」思考法をご紹介しました。とにかく「簡単な方程式を作ってわからない数字を穴埋めしていく」イメージが入口になります。応用範囲は非常に広いので、身近な数字を推定するところから始めてみましょう。また、別の記事でお会いしましょう。(執筆: 藤波由剛)
(※1)とはいえ、年間売上高を営業日数で割ったのは説明のために図をシンプルにしたいという理由もありました(笑)。筆者が現実に飲食店のマネジメントをするなら、少なくとも週単位で売上を見て、さらにその内訳として「日販」と「単価×顧客数」の分解を見ると思います。週単位で見るのが良いのではないかと思う理由は、飲食店の場合、曜日によって繁閑の差が間違いなくあるでしょうが、週単位であればある程度同じ条件で数字を比べられると思うからです。また、ランチとディナーをそれぞれ営業している場合は、単価にも回転にも昼と夜で大きな差があるはずなので、日販をランチとディナーに分けて理解することも必要だと思います。筆者は飲食事業をやったことはないので、飲食のマネジメントについて有識者の方のご意見をぜひ聞かせて下さい!
(※2)数字の枠組みはMECEでないと「使途不明金(!?)」が出てしまうので不味いですが、それ以外の議論をする時にMECEである重要性はあまり高くないと筆者は思っています。実際に事業の現場では「重要なこと」が押さえられていることが何より大事で、それが担保されていればダブりがあっても些末なことは漏れがあっても別に良いのです。今回は注記が非常に多かったですね。丁寧に読んでいただいた方、ありがとうございました。