今回は財務三表モデリングの基本的なステップをご紹介します。大きな会社の財務モデルも小さな会社の財務モデルも突き詰めればエッセンスは同じなので、基本から確認していきましょう。また、財務三表モデリングでは事業と会計の理解が大事です。そういったお話も少し紹介します。
今回の内容
・財務三表モデリングのステップ
・損益計算書の作成
・貸借対照表とキャッシュフロー計算書の作成
目次
財務三表モデリングのステップ
早速ですが、筆者が考える「財務三表モデリングのステップ」は以下の通りです。順番にステップを見ていきましょう。なお、今回は「単一事業の企業」をイメージしながら説明していきます(※)。

(※)複数の事業を持つ企業が対象の場合は事業セグメントが存在するため作り方が難しくなります。
事業概要の理解・損益モデルの枠組みの検討
さて、Excelを立ち上げていざ作業を始めようとした皆さん!まずはいったん落ち着いてExcelを閉じて、その会社が何をしているのか定性的に理解するところから始めましょう。
財務三表モデリングとは、モデルを完成させることがゴールではなく、モデルを活用して事業分析なり事業計画のシミュレーションなりを行うわけですが、ここではこれらを広く「事業分析」と呼びましょう。なぜ、定性的な理解から始める必要があるかと言うと、事業分析において定量的な理解と定性的な理解は車の両輪で、定量的な理解には定性的な事業の理解が欠かせないからです。どのような事業をしている会社か理解せずに会計項目と数字を眺めても、それは一般論のレベルをなかなか脱せません。数字はファクトに基づき思いもかけない示唆を与えてくることがありますが、それは数字だけの虚空から生まれてくるわけではないのです。具体的にどのように定性的な事業の理解を進めるかの体系はまだ記事にしていませんが、例えばこちらの記事に記載した情報収集の方法なども役立つのではないかと思います。
さて、事業の概略を理解したら、あまり手間をかけずに取得できるデータを眺めながら、事業や会社によって作り方に差が出やすい損益モデルをどのように作るか紙とペンで考えましょう(これから取り組む売上高と費用の検討の骨格を考えるイメージ)。はじめは難しいですが、何回かモデリングの経験を積めば考えられるようになるので、いったん先に進みます。なお、このステップで「すぐに手に入る情報でどうモデルが作れるか」を考えるだけでなく、「このようにモデルを作りたいのでこの情報が手に入らないか」と考えられるようになれば、一人前はすぐ近くです。
「実績モデル→予測計画モデル」の順番で作る
財務三表モデリングに取り組む状況は、大きく「既存事業で過去の数字がある場合」と「新規事業で過去の数字がない場合」に分かれます。おそらく「既存事業で過去の数字がある場合」でのモデリングに取り組む人の方が多いと思うので、まずはその前提で話を進めていきます。
また、モデルは「実績モデル→予測計画モデル」(実績期間のモデル→予測計画期間のモデル)の順番で作ります。どちらも、ビジネス定量思考で数字の枠組みを考えてExcelで表現します。実績期間は「理解しやすいように」分解すること、予測計画期間は何をインプット(前提として想定)し、何をアウトプットするか(シミュレーション結果として計算するか)を明確に意識することがポイントです。例えば、ビジネス定量思考で扱った飲食店の「年間売上高=日販×営業日数」という数字の枠組みで、「年間売上高と営業日数」が実績値として得られるなら、実績期間では日販を年間売上高/営業日数で求めます(顧客数の実績値が得られるなら、日販からさらにブレイクダウンして「単価×顧客数」までモデル化しても良いでしょう)。一方で予測計画期間では、日販(またはブレイクダウンした単価×顧客数)および営業日数をインプット(前提)として想定し、年間売上高をアウトプットとしてシミュレーションする形とします。
実績期間と予測計画期間で、インプットにする変数とアウトプットにする変数が異なることが多いです。これは、実績期間は「売上高の数字が得られる状況で、売上高の内訳を理解するため」に数字の枠組みを活用しており、予測計画は「売上高の内訳を想定し、将来の売上高をシミュレーションするため」に数字の枠組みを用いていることに由来します。
損益計算書の作成
売上高の検討
それでは、ここから実際にモデリングの手を動かしていきます。既存事業で過去の数字がある場合、筆者はまず売上高のモデリングから始めます。全体像を先に掴むという意味では、損益モデル全体の骨格を先につくる場合もありますが、こちらで説明したとおり売上高の理解は事業を理解する上で最も重要と筆者は考えているので、まずは売上高モデルを検討して事業への理解と取得できるデータの精査を行うことが多いです。
上述の通り、実績は売上高の内訳を理解するため、予測計画は将来の売上高をシミュレーションするため、それぞれモデル化していきます。売上高のモデル化では、事業モデルと得られる情報を踏まえて売上高のKPIを整理し、その中でも売上高(や利益およびキャッシュフローなど)に大きな影響を与えるバリュードライバーを特定することが重要です。売上高のモデル化のやり方は事業内容や得られる情報によってかなり差があり、財務三表モデリングの中ではかなりクリエイティビティが求められる部分になります(※)。しっかりと時間をかけたいところです。
(※)何もKPIの情報がないと、ただ売上高と前年比売上高成長率を並べるだけになりますが…。
費用の検討
続いて、費用のモデリングを行います。まず、会計項目ごとに実績の売上高比を求め推移を確認できるようにします。その上で、各会計項目が変動費か固定費かに区分します。これは、会計項目の意味を事業の視点で考える定性的な検討と、会計項目の売上高比の推移を確認する定量的な検討の組み合わせで行います。この検討では、会計項目への理解に加えて、事業への理解が重要です。事業を理解できていれば、各会計項目が具体的にどのような費用を反映しているかをイメージし、変動費か固定費かを事業に基づいて判断することができます。
最後に費用の予測計画を考えます。各会計項目につき、変動費は売上高比で、固定費は売上高比以外のロジック(横置きや売上高以外の数字に連動させるなど)で数字を想定できるようにモデル化していきます。固定費は保守的に売上高比で想定することもあります。いずれにせよ、売上高の検討で得た事業への理解と事業の将来の想定に基づき、「費用の将来の姿」をイメージしながら数字を想定することが重要です。例えば、昨今の人手不足を考慮するなら、人件費は過去よりも高めに伸びていく想定を置く方が良いかもしれません。
なお、この費用の検討の段階で予測計画の作成を後回しにする会計項目がいくつかあります。基礎レベルでも後回しにするのは減価償却費で、後ほど説明します。
ここまでで、損益計算書が(後回しにした箇所を除き)税引後当期純利益まで作成されます。
貸借対照表とキャッシュフロー計算書の作成
財務三表モデルの骨格を作る
続いて、貸借対照表とキャッシュフロー計算書の作成に入ります。損益計算書は比較的「独立」していますが、貸借対照表とキャッシュフロー計算書は密接に関連するため、一緒に作成していくのがお勧めです。
まず、これから作業する三表の骨格を作ります。貸借対照表は実績を整理し、どのような会計項目の構成で予測計画を作っていくかを考えます。キャッシュフロー計算書は実績はモデル化せず(財務三表から実績をモデル化するのは難しいため)、予測計画を作成できるように主要な項目を記載した枠を作っておきます。貸借対照表やキャッシュフロー計算書の主要な合計項目は対象とする項目が合計されて計算されるように作っておくと良いでしょう。
そして、主要な「財務三表のつながり」に相当する部分をつなぎこんでおきます。具体的には、税引後当期純利益の利益剰余金への蓄積、営業キャッシュフローへの損益計算書の税引後当期純利益の反映、キャッシュフロー計算書で求められた期末現金の貸借対照表への反映、といったところでしょうか。キャッシュフロー計算書の予測計画期間の期初現金は、実績期間の期末現金から始まるので、その部分のつなぎこみも必要ですね。この説明を読んで「意味がわからない」と感じた人は、財務三表モデリングの前に会計の理解が不足しています。会計思考の三表思考(および必要があればその手前のレベルのコース)に取り組むことをお勧めします。財務三表モデリングを納得して行うには会計への理解が必須です(※)。
財務三表モデルの骨格を作成したら、あとは予測計画期間についてBSの個別セクションを作りこんでいきます。個別セクションはモデルによってどこまで作りこむかに大きく差があり、複雑なセクションはBSの外に出してモデル化した上でBSに計算結果のアウトプットの数字を戻すようにします。続けて、主要な個別セクションを見ていきましょう。
(※)財務モデリングへのある取引の処理について議論する時、筆者は頭の中で「その取引がExcelの三表でどのように表現されるか(財務三表モデリングの理解)」と「その取引が実際の財務三表にどのように反映されるか(会計の理解)」を同時にイメージします。これらはコインの表裏なわけですが、筆者の観測では、モデリングの理解が甘い人は会計への理解が不足している人です。モデリングで悩んだら、まずはExcelから目を離して紙とペンで三表をイメージすることが大事と言えます。
BSの個別セクションを作る① 設備投資と減価償却費
設備投資は、カッコいい(?)言葉でCapex(Capital Expenditure)と呼びます(※)。具体的には「期首固定資産+設備投資(Capex)-減価償却費=期末固定資産」の関係をモデル化し、BSの固定資産とPLの減価償却費を計算していきます。本セクションのモデル化で特に知っておいていただきたいことは3つです。
まず、モデル化する時に、項目はかなり括ってしまいます。これは、何を目的にモデリングするかにもよりますが、会社内部の情報がないと個別項目のモデリングは難しい上、「主要な固定資産項目の将来の推移をシミュレーションし貸借対照表全体のバランスや資金繰りを見る」という経営視点で考えると細かすぎるモデリングにはあまり意味がないからです(情報が得られる自社のことでも詳細までモデリングしないこともよくあります)。筆者の場合、「償却性有形固定資産」「それ以外の有形固定資産」「無形固定資産」ぐらいに括ってしまうことが少なくありません。
次に、設備投資は既存事業を維持するための「維持更新投資」と事業を伸ばすための「新規投資(成長投資)」に分かれ、後者は経営の意思で決まることを知っておきましょう。「売上の伸び=事業の成長」に対してどのように貸借対照表が動くかは事業モデルに規定される要素が大きいので、貸借対照表のモデリングでは実績値が参考になることが多いですが、新規投資は経営の意思なので過去の数字はあまり参考になりません。
そして、減価償却費は、「減価償却費」と「対応する固定資産の償却前の帳簿額」の比率を「減価償却率」として実績で確認し、その償却率を参考に予測計画を立てることが多いです。もちろん、厳密には固定資産ごとに償却スケジュールがあり、会社内部では固定資産管理のソフトウェアで計算が行われることがほとんどだと思います。しかし、そこまで詳細なスケジュールをシミュレーションに反映する必要がある状況は限られ、大まかには減価償却率で考えれば事足りることが多いです。
設備投資と減価償却費はキャッシュフロー計算書への反映が必要なので、その部分のつなぎこみもしっかりと行います。
(※)筆者は習慣で「設備投資」と呼んでしまいますが、投資対象は「設備」という言葉から連想される有形固定資産に限らないので、本当はもう少し広く「投資」と呼ぶ方がいいのかなと思います。Capexも「資本的支出」という意味で本来は設備投資よりも広い意味ですしね。また、何が「投資」として重要かは事業によって異なり、重要な部分をさらに個別セクションとして括りだすこともあり得ます。例えば、インターネット企業であれば、ソフトウェア開発の資産計上は、人件費を投資と捉え固定資産および償却との関係を適切に捉えていく必要があるでしょう。
BSの個別セクションを作る② 運転資本
運転資本は、売掛金や在庫などの「資産側の運転資本」と、買掛金などの「負債側の運転資本」に分かれ、各会計項目を売上高や売上原価など適切な項目と関連づけて数字が動くようにします(※)。
ここでのポイントは、事業の実態を踏まえて適切な項目と運転資本項目を関連づけることです。例えば、売掛金は売上と、買掛金は売上原価(あるいは売上原価の中の項目)と連動させることが多いです。買掛金は仕入れに関連するので、売上ではなく原価に対応させる方がより実態に近く数字を捉えることができるからです。
(※)小話ですが、筆者は買掛金などの「負債側の運転資本」のことをよく「運転負債」と呼んでいました。ところが、調べてみると「運転負債」という言葉はあまり一般的ではないようです(方言!?)。でも、「負債側の運転資本」という言い方は長いので、ついつい「運転負債」と言ってしまいます。
BSの個別セクションを作る③ 資金繰りと資本政策
資金繰りと資本政策は、借入れや返済などの財務取引のモデル化と、配当などの資本取引のモデル化に大きく分かれます。どちらも、動きが小さかったり取引が単純な場合は、個別セクションを作らずに貸借対照表の中で処理してしまって良いでしょう。配当のモデリングは、利益剰余金など純資産の予測計画期間を作る時に必ず確認します。
非常に細かい話ですが、現金残高の変動は損益の「受取利息」に、借入金残高の変動は損益の「支払利息」に連動します(減価償却費と同じように、貸借対照表の想定が損益計算書に影響する箇所です)。ここ数年間は非常に金利が低かったので、どちらも事業への影響が小さくあまり気にしなくて良い状況が多かったですが、金利がもっと上がってくれば少なくとも支払利息はしっかり見る必要があるでしょう。
BSの個別セクションを作る④ その他
上記3つのセクションでチェックできていない細かな貸借対照表の項目について、予測計画期間の数字を作っていきます。例えば、貸倒引当金やその他といった項目です。特に、金額が大きく事業との関連がある項目はしっかりと検討する必要があります。
「残りもの」のようなイメージであまり気にかけずに作業しがちですが、「金額を動かしたらキャッシュフロー計算書との整合を必ず確認する」「重要性が明らかに低く事業との関連も低い項目は数字を横置きにして不用意に動かさない」が注意点です。貸借対照表の数字が動くとキャッシュフロー計算書の調整が必要になるケースは非常に多くあり、こういう細かいところでキャッシュフロー計算書の調整を怠ると後で貸借対照表がバランスしない大きな原因になります(笑)。また、重要性の観点では、キャッシュの動きに関連しそうな項目はしっかりと見るようにしましょう。反対に、キャッシュに影響しない会計上の項目は、目的によってはあまり時間をかけて検討しなくて良いかもしれません。そのような項目は、BSの全体のバランスや財務分析の数字には影響しますが、事業の実態にはあまり関係のないことが少なくないからです(※)。
(※)例えば、のれんとか…(大きな声では言えませんが)。
バランス・チェック
最後に貸借対照表がバランスしているか確認します。財務モデルを何回作っても緊張する瞬間で、バランスすれば「良かった一安心!」、バランスしないと「何でバランスしないんだ!」と叫びながらモデルを一行一行確認していくことになります(笑)。バランス・チェックには細かなコツもありますが、決定的な方法論みたいなものはないので、ちゃんと実力をつけて解決できるようになりましょう。特にモデルに慣れないうちは、三表のつながりを(苦しくても)一行一行確認してミスを発見する訓練をする方が実力がつきます。
新規事業を検討する場合

ここまで、既存事業で過去の数字がある場合を想定し財務三表モデリングの説明をしてきました。具体的なモデリングの初手は売上高の検討からはじめましたが、それは事業がまわっていて売上高が立っているからです。また、最後に上記の図の「事業の流れ」を確認すると、既存事業の場合は「売上-費用で純利益を作り、その内部留保を投資して新たな売上を作る」という、流れの中央の部分が議論の中心になることが多いです。
それでは、新規事業を検討する場合はどうでしょうか?新規事業を検討する場合は、そもそも売上がなく、売上を立てるまでに投資と費用が先行します。すると、先立つものが必要なので、増資や借入といった手段で元手を調達する必要があります。したがって、財務三表モデリングも「売上から検討する」というより、「事業が立ち上がるまでの費用・投資とその後の売上をセットで考えていく」というイメージになります。上記の事業の流れを上から下まで順番に数字に落としていくイメージですね。キャッシュが尽きると事業は継続できないので、まだキャッシュがまわっていない新規事業の検討では、より財務三表全体を見渡して現場の実感を持った検討が行える必要があるのかなと思います。
今回は財務三表モデリングのステップについて筆者の取り組み方を紹介させていただきましたが、いかがだったでしょうか。記事を執筆して感じたのは、「思ったよりも記事にするのが大変だった」という感想と、「やっぱり文字よりも動画でExcelモデリングを見てもらう方がわかりやすいよな…?」という疑念です(苦笑)。これまでの記事は「想定読者であれば記事の知識がなくても理解できるように」なるべく書いてきたつもりなのですが、今回の記事は「財務三表モデリングに初めて取り組む人」が読んで理解できるかはちょっと疑わしくて申し訳ないです。モデリングに取り組んだ後に本記事を読み返してもらうと復習には良いと思うのですが…。財務三表モデリングはどうしても「手を動かして理解する」テーマのためご容赦下さい。
本記事の内容に興味を持っていただけ、実際のExcelでのモデリングや活用を「わかりやすく」学んでみたい方は、BizObiで本記事に対応するレベルの「財務三表モデリング基礎編」や「財務三表モデリング実践編A」などを受講いただけると嬉しいです。最後に「財務三表モデリングでは事業と会計の理解が大事」ということをもう一度強調させていただき今回は終わります。また、別の記事でお会いしましょう。(執筆: 藤波由剛)