今回は「本格的に会計を理解する」上で役立つBizObi流の「三表思考」をご紹介します。財務三表を本当の意味で理解し使いこなしたい方にお勧めの考え方です。残念ながら本記事だけで三表思考を理解するのはちょっと難しいのですが、どのようなものなのか雰囲気をお伝えできればと思います。
今回の内容
・会計を本当に理解しようと思うなら三表思考は必須
・三表思考の考え方
・簿記と三表思考のアプローチの違い
目次
三表思考とは?
三表思考を考えた経緯
はじめに少し昔話をさせて下さい。筆者は2016年に投資銀行から独立して財務モデリングやバリュエーションを教える仕事を始めました。当時、まず受講者の方にExcelで財務モデリングに実際に取り組んでいただく講座を開催しました。財務モデリングができるようになるには、実際に取り組んでみるのが一番と考えていたからです。
ところが、実際に取り組んでいただくと、この「手を動かして学ぶ」スタイルは非常に効率が悪く実効性が低いことがわかりました。筆者の場合、投資銀行の若手時代に、ヒィヒィ言いながら(笑)もの凄い時間をかけて悪戦苦闘して財務モデルを作り、バンバン先輩のレビューを受けて財務モデルのスキルを獲得していきました。しかし、講座の受講者が私と同じように(ヒィヒィ言いながら)財務モデルの作成に時間をかけるのは難しいわけです。仕事ではないので(笑)!それに、受講者の方の横に私がずっといて質問を受け続けるのも難しいです。
そして、どうしようかなと思いながら受講者の方と対話する中で、財務モデルが作れない、中でも財務三表モデリングができない最大の理由は、会計への理解不足にあると気づきました。ならば、みんな簿記を勉強すればいいじゃないか!と思うかもしれません。しかし、受講者には、私の出身の投資銀行や財務の仕事をされている方の他に、営業や人事の方などもいたので、全員に簿記の勉強をしてもらうのはちょっと酷じゃないかと思ったのです。それに、簿記の勉強と財務三表モデリングの間にはかなりギャップがあるように感じていました。私自身、投資銀行の若手時代に簿記二級まで勉強しましたが、簿記の勉強で会計がすごくよく分かったかと言うとそうでもないという実感がありました(苦笑)(※1)。
そこで、会計の初心者が会計のエッセンスをわかりやすく学ぶ方法がないかなと思って、いろいろな本を見てみたのですが、自分なりにしっくり来るものがなかったのです。そこで、自分なりにまとめてみようと思って考えたのが三表思考になります(※2)。
(※1)いや、私の勉強が付け焼刃だったからだと言われたら、その通りなのですが…。
(※2)三表思考のアプローチに最も近い本は國貞克則先生の「財務3表一体理解法」です(三表思考とアプローチの細部には違いがあります)。良い本だと思いますので、興味がある方は一読をお勧めします。
会計の専門家にも好評な三表思考
そんなわけで、三表思考を教えるようになって7年ほど経つのですが、幸いなことに多くの方から好評をいただいています。特に印象に残っているのは、投資銀行や総合商社の若手などで一定の簿記の勉強をした人から「会計の意味がはじめてよくわかった」と言っていただくことが多いことです。また、監査法人やFASで働く会計の専門家の先生から「わかりやすい」と過分なお褒めの言葉をいただいたこともあります(※)。もちろん、初めて会計をしっかりと学ぶ方にも理解いただけます(ただし、会計思考基礎編に相当する基本的な知識は必要です)。
(※) 簿記と三表思考のアプローチがどのように異なるかは本記事の最後に参考に記載しておきます。
会計を本当に理解しようと思うなら三表思考は必須
BizObiでは会計思考を「数字から事業・現場をビジュアルでイメージして考える力」と定義しています。これを言い換えると、会計思考とは「ビジネスの動きを財務会計の数字に置き換えられる」ことであり、「財務会計の数字をビジネスの動きに置き換えられる」ことであると表現できます。
さらにこれを具体化すると、「各現場(例えば、組織図の各部署)の経済活動が、PL(損益計算書)・BS(貸借対照表)・CS(キャッシュフロー計算書)のどこに・どのような形で数字として表れるかを考えられる」ことであり、「各現場が何をしているか・どのような経済活動を行っているかをPL・BS・CSの動きから考えられる」と言えます。これが三表思考のゴールです。
会計を本当の意味で理解するには、損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー計算書の3つをしっかりと読み解けることが欠かせません。三表思考はその思考の土台を「簿記の勉強を省いて!」築くものと言えます(※)。
(※)「会計を本当に理解しようと思うなら三表思考は必須」と書きましたが、もちろん簿記をマスターすれば会計はよくわかるはずなので三表思考は不要です!「簿記の勉強を省いて会計を理解しようと思うなら」三表思考は必須、という表現がより正確ではあります(笑)。ただ、簿記をどれぐらい勉強すれば会計を理解できるレベルに達するのかは筆者にはわかりません。周囲の会計士の先生を見ていると、それは会計士試験に合格するレベルなのではあるまいか?という気がしていますが、どうでしょう?そこまで簿記を突き詰めたい方以外で、会計の数字に触れる機会があるなら、とりあえず三表思考を学んでいただいて損はないのではないかと思います。
三表思考の考え方
それでは、具体的に三表思考とはどのような考え方なのでしょうか。三表思考とは「ある取引の財務三表への反映を直接検討する思考法」です。例えば「資本金30万円の出資を株主より受けて会社を設立した」という設例は以下のように表現されます(参考に簿記上の仕訳も参考に示しておきます。また、設例では実務から簡略化して純資産の資本金にすべての出資額を計上することとしています)。

まず、三表思考は表記の特徴として、PLの売上・収益やBSの残高の増加を「+(プラス)」、PLの費用やBSの残高の減少を「-(マイナス)」で表します。この表現で財務三表の動きを直接イメージするわけです。
では、この設例はどのように導かれたのでしょうか。この設例に限らず、三表思考で三表を書き上げる際は以下のポイントを検討します。

この中で、下線が引かれた赤字の箇所は知識や判断が必要なポイントです。それ以外のポイントは財務三表のメカニズムに由来するポイントなので、会得すればある程度は機械的に処理できるようになります。
おそらく、ここまでの説明で考え方を理解できる方はほぼいないと思います(苦笑)。せっかくなので、上記の設例の検討のプロセスを解説してみましょう。
「資本金30万円の出資を株主より受けて会社を設立した」設例
設例の三表思考による解説

① まず、PLに計上される取引かを確認します。ここは知識や理解が必要なのですが、出資の受け入れは「資本取引」と呼ばれ、PLに計上されません。そのため、PLには何も表れないため「なし」としています。
② PLに計上された損益はBSの利益剰余金に反映されるのですが、今回はPLが「なし」です。そのため、BSの純資産の利益剰余金には動きがなく「なし」となります。なぜPLの損益がBSの利益剰余金に内部留保されるかはこちらで説明しました。
③ BSでキャッシュ(資産)が動く取引でしょうか。30万円の出資を受けるので、当然ながら会社は現金を受け取って現金残高が30万円増えているはずです。そのため、現金の「現実」を反映し、BSの左側の現金(資産)には「+30」と書いておきましょう(単位は万円です。以下、記載を省略します)。
④ BSでキャッシュ(資産)と利益剰余金(純資産)の他に何かが動くでしょうか。ここも知識や理解が必要なポイントですが、出資の受け入れは株主からの調達として純資産に計上されます。今回は純資産の資本金に全額が計上されると想定したため、BSの右側の資本金(純資産)に「+30」と書きます。
⑤ BSは左右でバランスする必要があります(理由はこちらで説明しました)。左右がバランスしているかチェックすると、左側の資産は現金+30、右側の純資産は資本金+30でバランスしていることがわかります。もしもバランスしていなかったら、何かが間違っていますので見直すことになります。
⑥ CS(キャッシュフロー計算書)は税引前純利益からスタートします。今回はPLが「なし」なので税引前純利益も「なし」とします(キャッシュフロー計算書の概略はこちらで説明しました)。
⑧ 一足飛びに最後のポイントを見ると、CSのキャッシュ変動とBSのキャッシュの動きは一致するはずです。ですので、慣れるまではCSの結論にあたるキャッシュ変動を実際の現金の動きに基づき書き込んでしまうのがお勧めです。今回は30万円の出資を受けているのでCF(キャッシュフロー)変動に「+30」と書きましょう(※)。
⑦ 必要な場合にCSのキャッシュ変動を調整します。この⑦は、間接法でキャッシュフロー計算書を作成するために必要なプロセスなのですが、しっかりと理解するのはかなり難しいです。とりあえず、出資の受け入れは資本取引で、資本取引はPLには表れないがBSでキャッシュが動く取引のため、株式の新規発行で「+30」と記入しておきます。+30のキャッシュ調整が必要ということがわかっていれば、科目の表現は何でも構いません。また、慣れるまでは「結論のキャッシュ変動が+30だから、何か+30しないといけないな…」と考えてもいいと思います。
(※)「CF変動」は、キャッシュ「フロー」と「変動」で意味が重複していて変ではないかと?…そうですね、わかりやすさのために「変動」と入れたくてこう表現していますが、重複していて変ですね…。7年この表現でやってきているので許して下さい(笑)。
三表思考の理解には演習が必要
以上の思考プロセスで、出資を受け入れる設例が出来上がりました。いかがだったでしょうか?残念ながら、慣れていない方が読んでも理解はそれなりに難しかったのではないかと思います。必死に読んで下さった方には申し訳ないです…(理解できた方は素晴らしいです!)。
これは財務三表が有機的につながっていて動的だからだと思うのですが、三表思考は文字での理解に不向きで、ポイントを参照しながらさまざまな設例で手を動かして実感するのが理解に最も適していると教えながらいつも思っています。というわけで、じっくりと学びたい方はこちらのコースをぜひ受講してみて下さい!(※)最後は宣伝で恐縮ですが、三表思考は解説を聞きながらしっかり演習すれば必ずわかるようになります。
ちなみに、三表思考で理解の最大の壁になるのは、運転資本の理解(在庫、売掛金、買掛金など)だと思います。なぜかというと、運転資本をある程度理解するには、間接法のキャッシュフロー計算書の理解が必要で、上記のポイントの中で最も難しい⑦の理解が必要だからです。とは言え、冒頭の財務三表モデリングの話に戻ると、財務三表モデリングでも大きな壁になるのがこの⑦の理解なので、ちゃんと会計を理解しようとすると避けられないトピックであるとも言えます。
※ いずれ三表思考をテーマに本を書いてみたいのですが、伝えるべきことをすべて文字に落とすとなると筆者も発狂しそうな気がするので、やはり動画で学んでいただくのがお勧めです(笑)。
おまけ:簿記と三表思考のアプローチの違い
最後に、簿記を学んだことがあり興味がある方向けに、簿記と三表思考のアプローチの違いを参考に紹介します。
違いは大きくふたつあります。第一に「決算処理を前提とするか」です。簿記を学んで会計を理解する(財務三表に実感を持つ)ハードルが高い一因は「決算」の存在です。簿記の仕訳と仕上がりの財務三表は、まず見た目からして違いますよね?それは簿記の仕訳は「決算」を経て財務三表に集計しなおす前提となっているからです。そして、会計士試験に合格するレベルで勉強を重ねた会計士の先生や熟練の経理担当者であれば、頭の中で決算ができるかもしれませんが、一般のビジネスパーソンが頭の中で決算をできるようになるには簿記を相当勉強しないといけません。三表思考は「直接」財務三表を作っていくので、一般の方にはより理解しやすいのではないかなと思います。
第二に「BSから発想するか、PLから発想するか」です。これは会計の研究をしている研究者の先生の受け売りなのですが、学術的な会計の仕組みの本質的な理解においてはBSが最も重要で、簿記もBSを起点に仕組みが考えられているそうです。しかし、一般のビジネスパーソンに最も馴染みがあるのは、BSではなく損益を表すPLだと思います。そのため、三表思考はPLを起点に思考が組み立てられており、そこも一般の方には簿記に比べるとわかりやすいのではないかなと思っています(※)。
というわけで、三表思考の考え方を紹介させていただきました。また、別の記事でお会いしましょう。(執筆: 藤波由剛)
※ ちなみに、PLから組み立てる発想だからこそ、間接法のキャッシュフロー計算書のキャッシュ調整の説明が上記の⑦のようにちょっとややこしくなっているという側面があります。実際のキャッシュフロー計算書を読み解く上ではこのような考え方ができた方が良いので、理解の仕方として一定の合理性はあるのですが、PL・BSとキャッシュフローの関係はBSを起点にもっとシンプルに考えることもできます。これはかなり進んだテーマなので、今回はここまでにしておきましょう。