「市場規模×市場シェア」で売上高を捉えよう
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「市場規模×市場シェア」で売上高を捉えよう

藤波 由剛
2023年8月16日 • この記事は7分で読めます
2023年8月16日 • 7分で読めます

今回は事業分析において最重要の「売上高の分析」について、「市場規模×市場シェア」の視点での捉え方を紹介します。考え方はシンプルですが、使いこなせると非常に役立つ考え方です。

今回の内容
売上高の理解が事業分析で最も重要な理由
・市場規模×市場シェアによる売上高の捉え方
・実務での留意点

売上高の理解が事業分析で最も重要な理由

筆者は、投資銀行の現役時代と、BizObiでの財務モデリングやバリュエーション(企業価値評価)を教える仕事を通じて、事業分析に15年以上取り組んでいるのですが、「自分は事業分析をする時に、どこに最も時間をかけているのだろう?」とふと考えたことがあります。

それから意識してみると、財務モデリングや事業分析で時間の半分以上を売上高の分析に使っていることに気づきました。財務モデリングで費用やキャッシュフローの作り込みはとても手間がかかりますが、事業モデルに大きな変化がないとすると作業に近いことも少なくなく(もちろんケースにより異なりますが)、毎回モデリングで頭を悩ませるのは意外にも売上高の理解なんですね。

では、なぜ売上高の分析はそれだけ手間がかかり重要なのでしょうか。大きな理由は、売上高の理解とは、その会社が顧客にどのように価値を提供しているかを理解することに他ならず、それは事業の本質の理解につながるからです。

筆者のエピソードですが、投資銀行から独立して自分ひとりで社会人教育の仕事を始めた時、「売上が立つ」、言い換えると「お客様に対価を払っていただける」とはこんなにも貴いものなのだなと心の底から思ったことをよく覚えています(今でもそう思っています)。個人のお客様であれ、法人のお客様であれ、「対価を払っていただける」ということは「自分が提供する製品・サービスに、対価に見合う価値を感じていただけた」ということです(※)。新しい事業について「面白い事業ですね」「応援します」と言ってもらえるのはもちろん嬉しいのですが、やはり「対価を払ってお客さまになって下さる」ことの重みは圧倒的です。特に、大企業で目の前の仕事や予算に追われている方は、どうしてもこのような視点を忘れがちな気がするので(昔の自分もそうだったかもしれません)、少し筆者の経験を振り返らせていただきました。

さて、この筆者の経験を売上高の分析の話につなげると、売上高の分析において、売上高を理解するとは、「誰に、何を、どのように、何に価値を感じてもらって」買ってもらうかを理解することになります。これを理解すると、誰が顧客で、顧客が何に価値を感じているかを捉えられるので、今後の売上について実のある議論ができるようになります。また、この理解を深めると、事業への理解も自ずと深まっていきます。例えば、低コストと利便性を売る100円ショップと、ラグジャリーな服や鞄を販売するブランドショップでは、「誰に、何を、どのように、何に価値を感じてもらって」買ってもらうかが全く異なります。そうすると、事業としてどこにコストをかけるべきかも変わるので、事業運営のポイントや費用への理解も深まるわけです。

このような理由から、筆者は売上高の理解が事業分析において最も重要と考えています。

(※) 残念ながら、押し売りで売上を上げているような場合は事情が異なるかもしれませんが…。

売上高の捉え方

事業では数字を見る

では、売上高をどのように捉えたら良いでしょうか。まず、定量的に数字を見ることが重要です。数字を見るとは、事業のファクト(事実)に向き合うことで、数字を見ない議論は雰囲気にすぎません。事業の議論をする時は数字を見る習慣をぜひ持って下さい(※)。

(※) なぜ、このような当たり前のことを書いたかというと、世の中には数字を見ないで事業の議論をする人が少なからず存在するからです。もちろん、事業の理解の入り口では数字を見ないこともありますし立場によっては情報が得られない場合もあります。それでも、数字を見て議論する重要性はぜひ常に意識して下さい。

「市場規模×市場シェア」で捉える

さて、では内容に入って売上高を具体的にどのように捉えたら良いでしょうか。売上高には、大きく分けて「市場規模×市場シェア」と「販売単価×販売数量」のふたつの捉え方があります。事業分析の初期的な段階では「市場規模×市場シェア」を意識するのがお勧めです。理由は比較的お手軽(?)に事業への洞察を深めやすいからです。

同じ「売上成長」でも背景は異なり得る

上記の図を見て下さい。これは、市場規模と市場シェアが変化したときに、売上高がどのように動く可能性があるかを表にしたものです。例えば、⑥は「市場規模は横ばい(→)」でも「市場シェアが上昇(↑)」すれば売上高は「増加(↑)」することを示しています。

ここで、最も極端な例として、左上の①と右下の⑨で「売上高が増加」した場合を見てみましょう。左上の①は「市場シェアは下がった(↓)が、市場規模が大きく成長した(↑)ので売上高が増加した(↑)」ケースです。競争の激しい成長市場で事業に取り組むスタートアップという感じでしょうか。一方で、右下の⑨は「市場規模は縮小した(↓)が、市場シェアを大きく引き上げた(↑)ので売上高が増加した(↑)」ケースです。成熟した市場でプレイヤーの数が減少し残った企業が残存者利益を得ているようなイメージでしょうか。

市場規模と市場シェアで理解してみると、同じ売上高の増加でも事業の状況が①と⑨ではまったく異なることがわかると思います。別の言い方をすると、市場規模の検討では「顧客」を考えることになり、市場シェアを見ることで「競合」の視点を持ち込むことができます。少し難しい言葉を使うと、BCGマトリックスに基づくものの見方とも近いと言えますね。

言われてみたらそんなに難しい話ではないと思います。しかし、実際の事業の現場では「売上高が増えていればそれで良し」と思考停止してしまう場面が少なくはないのではないでしょうか?ぜひ、普段から意識していただきたい視点です。

実際にどのように計算するか

では、実際にはどのように計算するのでしょうか。考え方はとても単純で「市場規模1,000億円×市場シェア10%=売上高100億円」という計算式の穴埋めをしていくだけです。上場会社であれば売上の数字がある程度確認できることは少なくありませんし、インターネットで少し調べれば、市場規模の参考になる調査会社の開示情報や記事、あるいは国の統計などが見つかることも少なくありません。分析の入口での計算はそれほど難しくなく、一方でわかることは多いため、比較的お手軽(?)に事業への洞察を深めやすい手法と紹介しました。

どちらかと言うと、実際にはこの「市場規模×市場シェア」の発想を「自然と息をするように(なるべく)一次情報に基づいて自分でできること」に意味があるのかなと思います。具体的には、会社が開示するIR資料とインターネットで調べて出てくる市場の情報に基づき、「市場規模×市場シェア=売上高」の式を何年分か自分でサッと作れると良いですね。ここまで説明したように、市場規模×市場シェアを意識するだけでも売上高への見方は大きく変わると思いますので、ぜひ日常的に気にしてみて下さい。

(※) 入口で計算するのは難しくない…とは言いましたが、必要な情報が得られない場合はいろいろと工夫が必要になり手間がかかります。売上について、会社が複数の事業に取り組んでおり事業ごとの数字を開示していない場合はさすがにどうしようもないことが多いです。市場については、参考になる数字が直接得られない場合でも、人口などの基本的な情報と業界に関連する統計を上手に組み合わせればある程度の検討をすることは可能です。

実務での留意点

「市場規模×市場シェア」は過去の数字に引きずられがち

最後に、実際に売上高の分析に取り組む際の留意点に少しだけ触れさせて下さい。まず、特に既存事業を「市場規模×市場シェア」で議論すると、将来について「過去の数字に引きずられがち」なことは意識する方が良いでしょう。

例えば「昨年は市場規模が5%成長したので、今年も同水準の5%成長するだろう」「市場シェアは昨年と同じぐらいだろう」といった考え方です。これは、何かを考えているようで実は何も考えていないのと同じです。いや、「市場規模×市場シェア」を意識しないよりはずっと良いので、何も考えていないは言いすぎかもしれませんが、かなり注意が必要です。もちろん、事業の当事者であれば顧客と相対する中でここまで単純には考えないでしょうが、現場から離れれば離れるほど、あるいは事業の当事者ではなく第三者の立場である事業を見る場合、このような思考に陥っていないかは気にする方が良いと思います(※)。

(※)やや手厳しく書きましたが、筆者も知見のない業界を初めて見る時はそんな考え方をしますし、実務レベルでも過去の数字に引きずられながら議論がされているケースはどこでもいくらでも見られます。まずは身構えすぎずに市場規模×市場シェアで実際に考えてみましょう。

その市場規模に意味はあるか?

もうひとつ留意点として紹介したいのが「その市場規模に意味はあるか」という視点です。私がよくお話するのは個人で営業している街の中華料理店の例です。例えば、ある日突然、街の中華料理店の店長が「日本の外食市場は17兆円もあるんだぞ!私のお店はもっと売上を伸ばせる!」と言い始めたらどう思うでしょうか。そうですね、どんなにあなたにとってお気に入りのお店だったとしても「店長、突然どうしたのかな?個人でお店をやっている店長に日本の外食市場は大きすぎて関係ないのでは…。それより、2号店を出したら誰が料理を作るの?」と感じるのではないでしょうか(笑)。

街の中華料理店をイメージしたら当たり前に聞こえる話でも、実際にはそのような市場規模の数字がIR資料に掲載されていることは少なくありません。少し専門的な用語として、TAM、SAM、SOMという言葉がありますが、このような文脈で見ると理解しやすいのではないかと思います。 ちなみに、過去の数字に引きずられず、その会社にとって「意味のある」市場規模と市場シェアの議論をしっかりするには、「販売単価×販売数量」での検討が欠かせません。この議論は基礎レベルではないため今回は取り上げませんが、認識だけしておいて下さい。まずは「市場規模×市場シェア」を意識するところからスタートしてもらえればと思います。また、別の記事でお会いしましょう。(執筆: 藤波由剛)

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