今回は「内部留保」の考え方を説明します。会計を理解する上で非常に重要なテーマで、経済ニュースにもよく出てくる言葉ですが、初心者への説明がとても難しいトピックでもあります。なるべく直観的に説明できるよう頑張ります。
今回の内容
・会社は誰のものか
・貸借対照表の純資産と損益計算書の税引後当期純利益のつながり
・税引後純利益は純資産の利益剰余金に内部留保される
目次
貸借対照表と損益計算書の概要
本題に入る前に、貸借対照表と損益計算書の概要を確認しましょう。それぞれ記事がありますので、概要から知りたい方はまずそちらをご覧下さい。
貸借対照表のポイント
今回のテーマに関連する貸借対照表のポイントは以下です。
- 貸借対照表は「ある時点での今までのビジネスの積み重ね」を表現
- 貸借対照表の左側は「運用」を、右側は「調達」を意味
損益計算書のポイント
今回のテーマに関連する損益計算書のポイントは以下です。
- 損益計算書はある期間の企業の損益(儲け)を表現
- 法人税等を支払った後に会社に残る利益が税引後当期純利益
会社は誰のものか
さて、本題に入る前にもうひとつ押さえて欲しいテーマがあります。それは株式会社の所有者についてです。皆さんは「会社は誰のものか」と聞かれたらどのように答えるでしょうか。
この質問はとても奥が深く、Amazonで検索するとこのタイトルで少なくとも3冊は本が出版されていますし、筆者もそれなりに意見があります。が、それはともかく、株式会社のあり方を規定する会社法という法律に基づくと答えはシンプルで、株式会社は「株主のもの」です。株式会社は、株主が出資をして(会社が発行する株式を引き受け、その対価として(多くの場合は)現金を会社に振り込むことで)設立されるので、会社は株主のもの、というわけです。ファイナンスの視点でも同じように考えます。今回のテーマを理解する上で、この「株式会社は株主のもの」というコンセプトが最も大事なポイントかなと思います。
貸借対照表の純資産と損益計算書の税引後当期純利益のつながり
さて、本題に入りましょう。会社は株主のものであるとすると、以下のように考えることができます。以下の考え方に基づき法律は作られていますが、ファイナンスの視点での株式会社の捉え方とも合致しています。
- 貸借対照表において純資産は株主に帰属する価値を表す
- 損益計算書において株式会社が事業で得た税引後の最終利益(損益)の価値は株主に帰属する
- 純資産は事業により生じた損益で増減する。これを、税引後純利益は純資産(の利益剰余金)に内部留保される、と表現する
順番に見ていきましょう。

純資産は株主に帰属する価値を表す
まず、純資産です。会社の設立時は、純資産は会社が株主から調達した額を表しています。株主の立場で考えると、純資産は会社へ出資した金額で、「これは自分が出したお金だぞ」という感覚です。これを「純資産は株主に帰属する価値を表す」と表現しています。
実際のところ、会社法に定められた手続きを行うと、配当などの形で株主は純資産(の一部)を引き出すことができます(通常は会社の立場で「株主に純資産(の一部)を払い出す」と表現されます)。
税引後純利益の価値は株主に帰属
次に、税引後純利益です。損益計算書の構成をもう一度見返してみましょう。売上高からさまざまな費用を引いていくと税引前当期純利益が求められます。さらに法人税等を支払った後に会社に残る利益が税引後当期純利益で、これが「最終利益」として会社の手元に残るわけですね。そして、「会社は株主のもの」なので、ファイナンスの視点では「税引後当期純利益は株主に帰属する価値である」と考えます。
これはわかりにくいかもしれません。税引後当期純利益は会社の手元に残るので、直接には会社が管理しているわけですが、会社は株主のものなので、税引後当期純利益は間接的には株主のものだよね、という感覚です。
税引後純利益は純資産に内部留保される
さて、会社が稼いだ税引後純利益は、貸借対照表ではどこに記録されるでしょうか。答えは純資産になります。なぜなら、純資産は株主に帰属する価値を表しており、税引後当期純利益は株主のものだからです。
これは、以下のようなイメージです。「株主が1,000万円を出資して株式会社を設立しました。この段階で会社には純資産1,000万円と記帳されます。株主は会社を通じて取締役や従業員などを雇い(※)、これらの人たちへの報酬や税金もすべて支払った後で、会社には税引後当期純利益が500万円残りました。残った利益は会社のもの=株主のものなので、純資産は設立時の1,000万円に当期純利益の500万円を加え1,500万円となりました。もしも、この瞬間に(追加の費用が一切生じずに)会社を解散させたとすると、株主は1,500万円を受け取ることができます」このように、株主が「会社」という器を通じて取締役や従業員に「働いてもらっている」というイメージで捉えると、腹落ちするのではないでしょうか(※)。
株主の視点で見ると非常に単純で、個人の銀行通帳の残高が個人の収支で増減するのと同じように、株主の出資した純資産は会社の損益で増減します。このことを、少し難しい言葉で「損益計算書の税引後当期純利益は貸借対照表の純資産に内部留保される」と表現するのですね。
(※)取締役は株主から委任を受けて会社の意思決定をする立場であり、会社が取締役を「雇う」という表現は正確ではありません。しかし、取締役も会社から報酬を支払われ働く立場であり、株主が会社のお金で「働いてもらっている」と捉え、このように表現してみました。「株主が会社という器を通じて取締役や従業員に働いてもらっているイメージ」という表現も、引っかかる人がいるでしょう。現実はそんなに単純ではありませんが、理屈としてはこのイメージが原則になるので、まずはこのように理解してみましょう。
税引後純利益は純資産の「利益剰余金」に内部留保される
厳密には、税引後純利益は純資産の利益剰余金という項目に内部留保されます。純資産を構成する項目の中で、利益剰余金が「利益を蓄積する科目」と決まっているからです。その他に純資産の中には資本金や資本剰余金といった言葉も出てきますが、学びはじめの段階では気にしなくて良いでしょう。とにかく「税引後純利益は純資産の利益剰余金に内部留保する」ということだけ知っておきましょう。
配当の原資、債務超過、内部留保と現金
さて、会社は株主のもの、税引後純利益は純資産の利益剰余金に内部留保する、という考え方がわかると、関連していくつか理解できることがあります。
なぜ配当は基本的に利益剰余金から行われるか
例えば、多くの場合において会社は利益剰余金の範囲で配当の支払いを行うのですが、これは「純資産は株主のものなので株主には引き出す権利がある、ただし、会社の経営に悪影響があってはいけないので、これまでの利益の蓄積≒会社にとって余剰に相当する利益剰余金から引き出されることが多い」と考えると納得できます(※)。
(※) 実際には配当の金額は株主総会で株主の承認を経て確定されます。上場会社では、株主総会の議案は基本的に会社(取締役)が準備しますので、「株主は純資産を(厳密には会社法に基づくと「剰余金」を原資として)引き出す権利があるが、どれだけが引き出されても事業に影響がないかは会社でなければ判断が難しいので、その案は会社が考える」という形になっているわけですね。なお、利益剰余金以外の科目を原資として配当が行われる場合もありますが、そのような場合はあまり多くありません。
債務超過とはどういうことか
純資産がマイナスになることを債務超過と呼びますが、これは「株主が出資した金額以上の税引後損失を会社が累積で出してしまった状態」であることがわかります(1,000万円の出資で設立された会社が、累積で1,500万円の税引後損失を計上すると、純資産は500万円のマイナスになります)。その状態でも、手元に現金があれば会社は事業を継続できますが、経営としてあまり誇れる状態でないことは間違いありません。また、銀行などが会社の与信を判断する時に、債務超過か否かがひとつの基準として用いられることがありますが、「累積で儲かっていない(しかも株主の出資額以上の損を出している)会社は将来の支払・返済が行われるか信用できない」と言われたら「そうかも」と思えるのではないでしょうか。
内部留保に課税する?
時おり、政治ニュースで「内部留保への課税」という議論が見られることがあります。また、これに対して「内部留保は会社が抱えている現金ではなく課税は適切ではない」という反論が見られるのもお決まりです。
ここまでくれば、このやり取りの意味が理解できるのではないでしょうか。まず、内部留保≒利益剰余金は純資産であり、純資産は会社の株主からの調達を表すので、「内部留保は会社が抱える現金の額ではない」という指摘はその通りです。実際には、純資産は固定資産などさまざまな資産に運用側で姿を変えているはずですね。一方で、内部留保が厚い=純資産が厚い企業は、累積で儲けた利益を「蓄積」していることになるので、現金など何らかの形で資産を貯めこみすぎている可能性はあるかもしれません。単純に純資産の額が多いことが悪いとは言えないので、純資産や利益剰余金の額を見て課税の議論をするのは筋が悪いと思いますが、「内部留保に課税しよう」と主張する人たちがどんな「気持ち(?)」かを推し量ることはできますね。
内部留保の考え方についてなるべく平易な説明に努めましたがいかがでしょうか。「株式会社は株主のものである」「当期純利益は純資産の利益剰余金に内部留保される」という考え方は、財務三表を理解する上で非常に大事な柱だと思います。また、別の記事でお会いしましょう。(執筆: 藤波由剛)